こんにちは。ころすけです。
飛行機の運航は悪天候の影響を大きく受けます。
とりわけ、空港周辺で降雪が多い日は欠航に至るケースも少なくありません。
エアラインにとって、雪の日にいかにして欠航を減らすかは、営利的にも交通機関としての観点からも重要なのです。
雪が降る日に飛行機に乗ると、出発直前に翼に何やら謎の液体がかけられる様子を見ることはありませんか?
これこそまさに、雪が降る中でも運航するために必要な作業の1つなのです。
翼にかけられる謎の液体について詳しく解説します。
雪の日に翼に撒く液体の秘密
液体の正体は融雪剤(防除雪氷液)です
下の画像をご覧ください。
雪の日の空港に行くと、駐機スポットで飛行機に液体をかけている様子を目の当たりにすることがあります。
「何をかけているんだろうか?」と疑問に思ったことがある方もいるかと思いますが、この液体の正体はズバリ融雪剤です。
正確には防除雪氷液と言って、英語ではADF(Aircraft Deicing FluidまたはAnti/Deicing Fluid)と呼ばれます。
防除雪氷液には以下の2つの役割があります。
1. 機体に付着した雪を取り除く役割(除雪氷:De-Icing)
2. 機体に雪が積もらないように保護する役割(防雪氷:Anti-Icing)
特に雪が降り続いている状況では、駐機している間にどんどん機体に雪が積もっていきますから、液の散布は飛行機が出発する直前に行われるのです。
飛行機は翼に雪が積もると離陸できません
そもそもの疑問として、飛行機の翼に雪が積もっていると、どのような影響があるのでしょうか?
最も大きな影響は、「翼の断面形状が変わってしまうこと」です。
飛行機は翼が風を切る際に発生する揚力によって機体を浮上させていますが、この揚力を最大限に発生させるには、翼の断面形状が非常に重要なのです。
もしも雪が積もることで翼の断面形状が変わってしまった場合、揚力がきちんと発生せず、最悪の場合は離陸できずに墜落してしまう可能性があるのです。
また、翼だけでなく胴体に積もる雪も除去してやる必要があります。
あまりの量が積もると、雪の重量分だけ機体が重くなりますし、空力的な抵抗が変化して機体バランスが崩れる恐れがあるからです。
これもまた、最悪の場合は墜落事故に繋がります。
このように、飛行機はその空力性能をフルに発揮するために、雪が付着していない状態である必要があるのです。
これをクリーンエアクラフトコンセプトと言います。
1. 翼の断面形状が変わり、揚力がきちんと発生しなくなるから。(一番重要)
2. 雪が積もった分、機体重量が重くなるから。
3. 機体全体の抵抗が増え、飛行中のバランスにも影響を与えるから。
→雪が付着していてはならない=クリーンエアクラフトコンセプト
防除雪氷作業は2種類の液を使い分けます
防除雪氷作業は2ステップ。除雪氷してから防雪氷
防除雪氷作業の目的は①除雪氷(De-Icing)と②防雪氷(Anti-Icing)の2つですが、作業自体も除雪氷と防雪氷を分けて行います。
まず始めに”除雪氷作業”で機体全体の雪を落とした後、続いて”防雪氷作業”で融雪剤をコーティングするのです。
この方法を2ステップ方式と呼んでいます。
さらに除雪氷作業と防雪氷作業では、使用する防除雪氷液も異なります。
除雪氷は雪を除去することが目的で、防雪氷は機体表面をコーティングすることが目的ですから、それぞれに液の特性が異なるのです。
それぞれの作業で使用される液の種類は以下のように呼ばれています。
防除雪氷作業に使用される液の種類
・除雪氷(De-Icing)作業:TypeⅠ液
・防雪氷(Anti-Icing)作業:TypeⅣ液
これらの液の主成分はエチレングリコールまたはプロピレングリコールで、舐めると甘い(体に悪いですが)味がします。
ステップ1:TypeⅠ液で積もった雪を取り除く
ステップ1は“除”雪氷作業で、これにはTypeⅠ液が使用されます。
TypeⅠ液は通常、水と混合された後、60~70℃に温められて使用されます。
雪を解かすことがメインですから、熱した方が効率が良くなるのです。
除雪氷作業では、まずエアーブローによって大まかに雪を落とした後、TypeⅠ液をかけて翼や胴体に積もった雪を落としていきます。
↓除雪前の状態です。エンジンの付け根付近に雪が積もっているのが分かります。
↓TypeⅠ液をかけて雪を取り除きます。熱しているため湯気も立ち昇っていますね。
↓除雪が完了しました。除雪前は見えなかった翼上のマーキングが見えるようになったのが確認できます。
1. “除”雪氷=既に積もっている雪を取り除く作業。
2. TypeⅠ液を水と混合して使用する。
3. 除雪効果を高めるために、液を60~70℃に加熱して使用する。
ステップ2:TypeⅣ液で雪が積もらないようにコーティング
ステップ2は“防”雪氷作業で、今度はTypeⅣ液が使用されます。
防雪氷の目的は、後から降ってくる雪が積もらないように、翼の表面をコーティングすることです。
表面がTypeⅣ液でコーティングされていると、降ってきた雪が表面に触れた瞬間に融解するので、雪が積もりにくくなるのです。
このような効果を得るために、TypeⅣ液はTypeⅠ液と比較して粘度が高いことが特徴です。
コーティングするということは、丸みを帯びていたり傾斜がある面でも、液体が膜状に留まる必要があるからです。
コーティングの効果が持続する時間をHold Over Time(ホールドオーバータイム)と言うのですが、Hold Over Timeは液の温度によらず同じ時間を使いますから、TypeⅣ液は常温のまま使用されるのが一般的です。
さらに液の融雪効果を最大限持続させるため、水と混合せずに使用されます。
もしも水と混合して使う場合には、Hold Over Timeは短くなります。
↓防雪氷作業はステップ1で雪を除去した後に行われます。
↓防雪氷作業は表面をコーティングすることが目的なので、全体に撒き漏れがないようにまんべんなく散布されます。
1. “防”雪氷=雪が積もらないように表面をコーティングする。
2. 粘度の高いTypeⅣ液を使用する。
3. TypeⅣ液は水と混合したり、温めたりせずに使用する。
飛行機は原則としてHold Over Time(ホールドオーバータイム)内に離陸しないといけません
防除雪氷液の効果が持続する時間はHold Over Timeと呼ばれます
降雪が継続している中でクリーンエアクラフトコンセプトを維持するためには、防雪氷効果がどの程度持続するのかが非常に重要です。
効果が持続している間であれば、飛行機は離陸しても問題ありませんが、効果が切れた後に離陸する場合は危険を伴うからです。
このように防雪氷効果が持続する見込み時間のことをHold Over Time(ホールドオーバータイム)と言い、パイロットは防雪氷作業後にHold Over Timeを確認し、時間内に離陸できるか否かを判断しなければならないのです。
Hold Over Timeのカウントは、防雪氷の開始時点、つまりTypeⅣ液でのコーティング開始からの経過時間で考える必要があります。
Hold Over Timeは防除雪氷液のメーカーや認証機関によって予めデータが用意されていますが、気象条件などによって変化します。
Hold Over Timeに影響する要素
・使用したTypeⅣ液の製品名(メーカーや成分が異なる)
・降雪の種類(通常の雪以外にも粉雪やみぞれなど)
・降雪の強度
・外気温
・水で希釈した場合は希釈割合
以上のように、その時々の条件で変化するHold Over Timeを都度確認する必要があるのですが、よほどの状況でない限りHold Over Timeは1時間以上確保されます。
つまり、旅客の搭乗が終わるタイミングに合わせて作業が完了すれば、離陸までは十分に効果が持続されるのです。
加えて防除雪氷液で翼面をコーティングした場合は、通常は地上走行開始直前に離陸フラップを展開するのを、離陸開始直前にタイミングを遅らせます。
フラップを展開すると、翼の形状が丸みを帯びてコーティングが流れ落ちやすくなりますから、ぎりぎりまでコーティングが保たれるように配慮するのです。
防雪氷効果を確認する場合の方法。翼上にあるマーキングの理由
翼付近の席に搭乗した際、下の画像のようなマーキングをご覧になったことはないでしょうか?
実はこれ、防除雪氷液のコーティング効果が継続しているかどうか、確認するためのマーキングなのです。
防雪氷効果が持続していれば、翼上面のマーキングをくっきりと見ることができますが、効果が切れている場合はマーキングの輪郭がぼやけて見えるようになります。
Hold Over Timeを超えた場合や基準を超える強度の降雪がある場合でも、翼上面のマーキングを確認して防雪氷効果が持続していることを確認できれば、離陸してもよいルールなのです。
この場合はパイロットがコックピットから出て、客室の窓から翼上面のマーキングを確認しますが、地上作業者がパイロットの代わりに確認する会社もあるようです。
ちなみに、JAL系列の機体では画像左のように黒のストライプが、ANA系列の機体では画像右の黒と黄色のマーキングが翼上面に施されています。
防除雪氷液の効果が必要なのは離陸まで。上空では不要です
Hold Over Time以内であれば飛行機は離陸が可能ですが、離陸以後は防雪氷されている必要はないのでしょうか?
結論から言うと、一旦離陸ができれば、それ以後は防除雪氷液による効果は必要ありません。
離陸速度以上の速度で飛行していれば、風圧があるので雪が積もることはないですし、離陸後は翼表面を加熱するヒーティングシステムも作動するからです。
さらに言うと、いざ離陸しようと滑走を開始した際、実は翼の表面にコーティングされた防除雪氷液が逆に揚力を低下させる原因になります。
なのでTypeⅣの防雪氷液は、地上にいる間は雪が積もるのを防ぐ役割を果たしながら、離陸滑走の際には機体が浮揚するまでに風圧で全て吹き飛ばされるように性質が調整されているのです。
海外では防除雪氷液に色が付いています
日本では無色透明の防除雪氷液が使用されていますが、海外空港の多くでは色が付いた液が使用されています。
色は液のTypeによって異なります。
・TypeⅠ液=オレンジ色
・TypeⅣ液=緑色
色が付いていると、撒いた液がTypeⅠなのかTypeⅣなのか見誤るのを防げますし、撒き漏れの箇所がないか判別することも容易になります。
下の動画は、TypeⅣ液で防雪氷された飛行機が離陸する際の映像ですが、機体が浮揚するころには緑色の液が全て吹き飛ばされている様子がよく分かります。
日本でも数年以内に、防除雪氷液は色付きのものに変更される予定です。
知らない人からすると「なんだ!?あの妙な色した液体は!?」となりそうですが、既に海外ではよく見られる光景なのです。
終わりに
いかがでしたか?
冬場における飛行機の運航は、安全面に直結することが多いですから、様々なところで工夫が施されているのです。
日本は世界的に見ても年間の降雪日数・降雪量が多い空港が多く、冬期の北海道や東北の空港では毎日のように防除雪氷作業が行われています。
北国の空港を訪れる際はぜひ、飛行機の防除雪氷作業に注目してみてはいかがでしょうか?
以上!
別記事にて滑走路に積もる雪の影響や、雪の日の欠航理由について解説しています↓