こんにちは。ころすけです。
ダッチロールという言葉を聞いたことはあるでしょうか?
一般に「飛行機が制御を失った状態」の一例として認知されているかと思いますが、具体的にどのような現象で、どのような原因で起こるものなのでしょう。
詳しく解説します。
ダッチロールとは?ロール安定過剰が引き起こす不安定状態。
飛行機にはロール方向の静安定性がある
航空力学を考える上で重要な要素の1つに「静安定性」という言葉があります。
「静安定性がある」とは、飛行機が外部から何らかの力で姿勢を乱された場合に、自然に姿勢を元に戻す性質があることを指します。
飛行機はとりわけ外部からの気流の乱れ(擾乱)によって頻繁に姿勢が乱されますから、静安定性を有していることが必要不可欠なのです。
静安定性は様々な方向の動きに対して必要ですが、ダッチロールに関して言えば、ロール運動に対する静安定性が重要です。
ロールとは飛行機が横に傾く動きを言いますが、下の図のように、ロール安定があれば飛行機は元の水平な状態に自然と戻ります。
飛行機にはロール安定を増す仕組みがあって、一般に以下の形状上の工夫がロール安定を向上させます。
① 翼に上反角を付ける
② 翼が胴体上部に位置する高翼機とする
③ 翼に後退角を付ける
①の上反角を付けるとは、根元から先端に向かって地面から離れる角度で翼を取り付けることを指します。
②の高翼機とは、翼が胴体よりも上部に取り付けられるように配置された飛行機のことです。
③の後退角を付けるとは、根元から先端に向かって胴体後方に向かうように翼を取り付けることを指します。
飛行機はこれらの工夫を組み合わせてロール安定性を向上させているのです。
ダッチロールとは?ロール方向の静安定性が過剰な場合に発生する不安定状態。
ここからは、実際にダッチロールがどのような現象であるか、またその発生原因について解説していきます。
先ほど、飛行機には静安定性が必要と述べましたが、実は静安定性は大きければ良いというものではありません。
下の図をご覧ください。
まず、機体が外部から何らかの擾乱を受けて①の状態になったとします。
姿勢が乱されても飛行機には静安定性がありますから、傾きを元に戻そうとする力が自然に発生します。
しかし、この時に元に戻そうとする力が強すぎる(静安定性が強すぎる)と、傾きは中立の位置を超えて、逆に反対側に傾く結果となってしまいます(②)。
逆向きに傾いた機体には、中立の姿勢に戻るように、静安定性が再び働きます(③)。
ここでもやはり静安定性が強すぎるため中立の姿勢を超えてしまい、①の姿勢に戻ってしまいます。
以後は①から④の挙動が繰り返されるのです。
さらに機首が傾くと、飛行機の進行方向も傾いた方向に合わせて変化します。
これは飛行機が旋回する原理そのもので、機体が傾くと翼の揚力が内側に向き、揚力の方向に引っ張られるからです。
つまり、左右への傾きを繰り返す動きは、それに連動して進行方向の左右変化も伴うのです。
このようにして、機体姿勢が左右に傾くのを繰り返しながら、進行方向の左右変化も伴う挙動をダッチロールと言うのです。
ダッチロールは規則正しく周期的に発生する力によって生じるため、機体の姿勢変化や進行方向変化もきれいな周期変化(サインカーブ)となるのが特徴です。
ちなみにダッチロールのダッチとは、”Dutch = オランダ人” を意味しているらしく、スケートで左右にふらつきながら滑るオランダ人の姿から来ていると言われています。
ダッチロールを回避するための設計上の工夫
ここまで見てきたように、ダッチロールは飛行機のロール安定が過剰すぎる際に起こる現象です。
飛行機にはダッチロールを抑える種々の工夫があるのですが、どれもロール安定を抑える発想であることがポイントです。
滑り安定を良くする=ヨーダンパーを付ける
航空工学では、気流の流れが機軸に対して斜めに当たる状態を「機体が滑っている」と表現します。
実は上反角や後退角により発生するロール安定性は、機体が気流に対して滑る状態を利用しています。
機体が横に傾く(ロールする)と、連動して滑りが発生するからです。(詳細は以下の記事で解説しています)
ヨーダンパ―は機体後方の垂直尾翼に付いている「ラダー」をコントロールすることで、機軸が気流に対して真っすぐ向くように調整する、すなわち滑りを抑える装置です。
滑りを抑えると上反角や後退角によるロール方向の静安定を弱めることができますから、ダッチロールの発生を抑えることができるのです。
過剰なロール安定性を抑える=翼に下半角を付ける
同じようにロール安定性を抑える発想として、翼に上反角ではなく下半角を付ける方法もあり、これは輸送機などの高翼機で多く見られます。
下半角は上反角と逆の効果が発生しますから、ロール安定性を意図的に悪くするのです。
高翼機は全体の重心の下に胴体の重さがかかるため、機体が傾いても、起き上がりこぼしのように胴体の重みで傾きを元に戻そうとする特徴があります。
このように高翼機であること自体が持つロール安定性が大きな場合は、逆に下半角を付けることで、全体の静安定性のバランスを取るのです。
ちなみに同じような発想で、後退角の代わりに前進翼とする発想も考えられます。
ですが、そもそも後退角は音速に近い領域で発生する衝撃派を抑えることが主な目的であって、敢えてダッチロール防止のために前進角を採用することはしないのです。
JAL123便の事例(御巣鷹山墜落事故)はダッチロールが発生した代表例
日本はかつて、ダッチロールという言葉が世に広まることとなったある事故を経験しています。
それは1985年8月12日に発生したJAL123便、いわゆる御巣鷹山墜落事故です。
この事故では、機体後部の圧力隔壁が破壊される過程で垂直尾翼も破壊され、さらにコックピットからエンジンを除く姿勢制御が不可能な事態に陥りました。
事故後に123便の挙動を解析した結果、機体の傾きや針路が左右に周期運動していたことが分かっていますが、この挙動こそがまさにダッチロールなのです。
先ほどのヨーダンパ―で紹介したように、ラダーは垂直尾翼についている装置ですし、そもそも垂直尾翼自体が機体の滑りを抑える大きな役割を果たしています。
垂直尾翼を失った飛行機は当然ロール安定性が過剰になりますから、まさにその通りダッチロールが発生したのです。
本事故は1機単独事故として最大の犠牲者数を出したことで有名ですが、航空力学的な観点で見ると、ダッチロールになるべく状況が発生してダッチロールに至った点で注目すべき事故なのです。
終わりに
いかがでしたか?
ダッチロールは一度発生してしまうと、コックピットからの操作ではなかなか解消することが難しいとされていますが、それほど飛行機にとって姿勢の安定は重要なのです。
今後も飛行機にまつわる雑学や航空力学の話を紹介していきますので、興味がありましたらご覧になってみてください。
以上!