生き方・働き方のヒント

モーレツ社員は悪くない。【迷惑な人は別です】

こんにちは。ころすけです。

モーレツ社員という言葉をご存知でしょうか?

正直、僕世代(昭和末期生まれ)となると既に死語に近い言葉になりますが、高度成長期の働き方を象徴するサラリーマンを指す言葉で、企業戦士とも呼ばれます。

現代では、モーレツ社員は時代にそぐわない、悪い存在として扱われることが多いかと思います。

僕はこれまでに、大企業2社と社員500人ぐらいの中堅企業の3社を経験しましたが、誤解を恐れずに言えばモーレツ社員は全く悪ではありませんね。

むしろモーレツ社員を否定している昨今の風潮を見ていると、今後日本はどんどん衰退していくのでは?とすら思います。

この記事では以下の3つに焦点を当てて解説します。

1. モーレツ社員が悪くない理由
2. 本当に悪いのは何か?
3. モーレツ社員を否定する日本社会の末路

モーレツ社員は悪くない

モーレツ社員は悪くない

正直な話、会社を支えているのはモーレツ社員です

モーレツ社員とは私生活や家族をも顧みず、会社のために24時間働きまくる人のことです。

24時間というのは現実的にはあり得ませんが、要するに人生のほとんどを仕事に費やしている人のことです。

現代の言葉で言うと「社畜」が近いですが、決定的な違いは、多くの場合働く側が能動的に行動している点です。

そして過去に3社で働いてみて、気づいたことがあります。

正直な話、会社を支えているのはモーレツ社員の活躍が大きい

特に小さな会社だと顕著ですが、人数が少なくて1人の業務範囲が広くなりがちな会社ですと、1人のスーパーマンがいると人手不足は一気に解消します。

ここでモーレツ社員とは、ダラダラとただ長く働く生産性のない人は該当しないことに注意が必要ですが、実際問題、ガツガツ仕事をする人の存在はかなり大きなものです。

一方で、仕事にガツガツしていない人が大半を占めるような組織では、はっきり言って業務のレベルは低いですし、仕事も停滞します。

スポーツ界とサラリーマン社会に見る矛盾

ちょっと別視点で見てみましょう。

モーレツ社員のモーレツっぷりを、例えばスポーツの世界に置き換えてみてはどうでしょうか?

スポーツ界でのモーレツ社員とは、何時間も猛練習に打ち込み、人生の全てを捧げて競技での結果を求める人のことです。

これは一流プレイヤーになるための必須条件とも言えます。

スポーツ界での一流プレイヤーは、まず間違いなくモーレツプレイヤーです。

ちょっとおかしいと思いませんか?

スポーツ界でのモーレツっぷりは、世間からは「努力家」「さすが一流は違う」と称賛されるのに、サラリーマンでモーレツっぷりを発揮すると「この社畜が!」と貶されるのです。

こう考えると、問題の根底は「私生活や家庭を顧みないほどのモーレツっぷり」にではなく、もっと全く別次元のところにあるのでは?と疑問が生じるわけです。

成果出している人はみんなモーレツです

話をスポーツ界から、いわゆる普通のビジネス界に戻しましょう。

もっと冷静になって考えれば、普通のビジネスの世界でも、成功している人はみなモーレツな要素があってそれを奨励しています。

例えばこの記事はいわゆるブログですが、ブログで生活できるほど収益を上げている方のコメントを見ると、以下のような具合です。

・まずはとにかく継続することが大切です。
・はっきり言って、収益上がってない人は圧倒的に作業量が足りないです。
・最初の収益が出るまでに費やした時間を考えると、始めは自給うん百円とか普通です。
・休日は一日中引きこもってブログを書いていました。
・一日のうち、空き時間をいかに有効に使うかが大切です。休憩時間とか無駄にするのは損。

最近ではブロガーやYoutuberなど、自分がいかに人生の時間を費やして成功を収めたかをコンテンツ化している方が多いので、モーレツである=成功への第一歩なんだと認識することは非常に多いです。

なぜモーレツ社員が悪者になるのか?

なぜモーレツ社員が悪者になるのか?

悪者はモーレツ社員ではなく迷惑社員です。

結論から言うと、悪いのはモーレツ社員ではなく、ただの迷惑社員です。

もう少し具体的に言うと、以下のとおりです。

迷惑社員とは、他人の行動にいちいち干渉して、自分と同じ行動を求める人のことです。

モーレツ社員が迷惑社員に変わる瞬間は「オレは休日も仕事してるんだから、君ももうちょっと努力してくれよ」などと発言した瞬間です。

確かに決められた業務レベルの中で努力不足があれば、そこを指摘されるのはもっともかと思います。

ですが、基本的にどう使おうが個人の自由である休日や業務外の時間について干渉され始めたら、それは鬱陶しい以外の何物でもありません。

「オレが残業してるんだからお前もしろよ」って態度の上司なんて正にこれです。

「みんな一緒でなければ」という謎の宗教

「みんな一緒でなければ」という謎の宗教

もう散々世間で言われていることですが、日本人にはいわゆる「同調圧力」という、国民的な気質があります。

個人的な見解では、同調圧力は扱い方によってはむしろ有効な考え方であると思っています。

多様な考え方がある中で共通の価値観や規範を持つということは、組織を統制して成果を出すという点で、マネジメント的にも必要だと言われていることですから。

問題なのは、「一緒であることの基準」が「自分目線での基準」になっていて、自分の価値観を相手に押し付けるだけになっていることです。

日本の同調圧力の中には、「みんな一緒でなければ」の中に「みんなオレ色に染めなければ」が混じっていて、実はこれが最も有害な同調圧力です。

話が少し脱線しますが、日本で同調圧力が問題になるケースには、個人の価値観の押し付けが多分にあって、その意味で「みんな同じ考え方の暴走」ではなくて「多様な一個人の考え方の暴走」という側面がある気がします。

働きたくない人に働かせる vs 働きたいのに働かせない

少し話は逸れましたが、モーレツ社員が悪者になるのはそのモーレツっぷりがゆえではなく、他人に干渉して個人の価値観を押し付けることにあると言えます。

そうすると、次のような疑問が湧いてきます。

働きたい人に対して「休暇を何日必ず取りなさい」「残業は絶対にしてはいけません」と強制するのも、同じなのでは?

最近ではワークライフバランスと称して、”社員に一律に”一程度の休暇取得を求めたり、強制的に社員を退社させる会社が増えてきています。

強制退社をさせるのは、残業時間が増えて会社の経費が増えるのを抑えるためなので合理的ですが、取るかどうか裁量の自由がある休暇まで口出しするのは、最早自由の意味がありません。

会社によっては「休日に仕事の勉強をしてました」と言うと、「休日に仕事なんか持ち込んじゃだめだよ。そういう時代だから」と言う人がいるとかいないとか聞きますが、ここまでくると過干渉以外の何物でもありません。

要するに迷惑な押し付けの要素が「モーレツに仕事すること」から「ほどほどに仕事すること」に変わっただけで、いわゆる有害な同調圧力が健在であるうちは、根本の問題は全く解決していないのです。

モーレツ社員を否定する社会の末路

モーレツ社員を否定する社会の末路

モーレツの否定=怠けて良いという謎の思考

「謎」と書きましたが、考えてみれば当たり前かもしれません。

モーレツを否定するということは、その逆を奨励することですから、怠けるまではいかなくとも「ほどほどに働くこと」が奨励される風潮になるのは至極当然の話です。

ですが、先ほどから言うように

問題なのは、他人の自由に過干渉して1つの価値観を押し付けることであって、モーレツを否定することではありません。

むしろモーレツであることは、何かで成功を収めるためには必要な要素になりますから、ここでの論点の筋違いはかなり致命的なものになりえます。

手ぬるくやって勝てるほど甘くありません

ここまで話をしてくるともう結論が見えていますが、モーレツを否定するようになると、まず間違いなく競争力は低下します。

会社であれば業績が上がらなくなって、儲からなくなるということです。

一方で、この領域にはまだモーレツの否定が過度に及んではいないようですが、勉強やスポーツにおいても同様です。

「一生懸命がんばることが美徳」が否定され始めると、まず間違いなく勉強不足の能無しが量産されるでしょうし、スポーツで成果を挙げる人も減ることでしょう。

ビジネスであっても勉強・スポーツであっても、世の中は国内相手ではなく、世界相手に戦わなければならない時代です。

世界は日本の事情など知ったことではないですから、日本の競争力が少しでも落ちれば、たちまちのうちに結果となって表れてくる可能性が高いのです。

結局社員の不満は解消しないという矛盾

モーレツ社員を否定するだけでは、残念ながら結局社員の不満は解消しないという皮肉な結果に落ち着くと思います。

まず、モーレツであった社員はそれが否定されるわけですから、彼らの不満が溜まるのは当然のことです。

さらに一方で、モーレツの否定によって会社の仕事がうまく回らないようになれば、結局のところ否モーレツ派の人にもしわ寄せとなって返ってくるのです。

実はモーレツ社員を認めていたころの方がまだ良かった、という結末が容易に想像ができます。

では会社や社会はどのような対応を取るべきか?

では会社や社会はどのような対応を取るべきか?

結局、他人の過干渉による個人の自由の抑制が真の問題なわけですから、解決策は個人個人の働きに応じた待遇を用意することです。

働きたい人はどんどん働いて稼いでもらい、ほどほどに働きたい人はほどほどの給料をもらえる社会が、一番幸せな社会ではないでしょうか?

併せて、個人個人で与えられた業務の範囲を明確化することも、今後より一層重要になってきます。

いくらほどほどの働き方を認めるとしても、給料に見合った最低限の仕事はしてもらわないと、事業として成り立ちません。

また、「もっと努力してもらわないと困る」が過干渉になるか否かの判断をするためにも、与えられた業務や技量範囲の明確化は必要です。

待遇の差別化も業務範囲の明確化も、どちらも日本の多くの会社では実現できていないのが実情ですから、国を挙げて取り組むべき重要課題だと個人的には思います。

ワークライフバランスを過度に押している会社は意外に要注意

最後にですが、今後転職活動をする人や、これから就職活動をする学生さんにアドバイスです。

昨今の働き方改革の風潮もあって、ワークライフバランスを標語と掲げる企業は多いですが、案外、こういったワードを前面に押し出してくる企業は危ない可能性があります。

強制的な休暇取得など表面的なワークライフバランスを取り入れた結果、仕事が回らなくなって、業務すること自体が窮屈な環境である可能性があります。

就活アドバイザーや転職エージェントが利用できる場合は、ぜひとも表面的なワークライフバランスではなく、「ガツガツ働きたい人」と「ほどほどに働きたい人」がきちんと共存できている会社か聞いてみることをお勧めします。



以下はまとめです。

まとめ

・モーレツ社員の会社貢献度は非常に高い
・成果を出している人は、みなモーレツプレイヤー
・本当の悪は他人への過干渉と1つの価値観の押し付け
・モーレツの否定は競争力の低下を招く
・会社は「待遇の差別化」と「業務範囲の明確化」を進めるべき

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