少なくとも個人的には役に立っていると思う。
「学校の勉強なんて無駄!なんの役にも立たない!」っていう人って一定数いますよね。
まあなんとなく言いたいことは分かります。
確かに大人になって「曲線Aと直線Bで囲まれた範囲の面積を求めよ」みたいな、教科書でやった問題ズバリに出くわすことはないですからね。
でもいろいろ考えて、やっぱりそれは違うんじゃないかと思うんです。
それに加えて、そもそもその主張自体気に入らないし、筋が通ってないなと思う理由がいくつかあるんですが、実はそれが今日一番声を大にして言いたいこと。
とりあえず僕の場合、役に立つか否かで言えば
学校の勉強は大人になっても役立つ
ってめちゃくちゃ思います。
むしろ大人になって社会に出てからの方が、学生時代はただの教科でテストのための知識やテクニックでしかなかったものが、中身のある実用的な教養になったと感じるぐらいです。
今の職業が技術屋だからってのが大きいとは思いますが、特に物理の基本はなくてはならない知識であることに疑いの余地はないですね。
数学だって、あんな教科書通りの問題を解くことはないですが、その物理問題を考える上で必要だし、条件分けとか論証とかの考え方が論理的思考の基礎になっていることも多い。
地理や歴史は旅行に行った時の見る視点を変えてくれるし、新聞読んでいても国際情勢とか考える際に背景になっていたりする。
英語だって少なくとも読み書きのスキルは学校の授業で身につけたもの。
確かに話す能力はつかなかったかもしれないけれど、それは話すための授業が足らなかっただけであって、読み書きの授業が無意味だったとは思わない。
そもそもそんな判断ができるほど、みんな学校の勉強をマスターしてるんですか?
で、今日言いたいことの一つはこれ。
ぶっちゃけ、
「そもそも理解していないものが役に立つわけない」んですよ。
そりゃ中には完ぺきに学校の勉強を理解したうえで、それでも「役に立たない」って人もいるでしょう。それなら分かります。
でも、そう主張している人の大多数はそもそも学校の授業を理解して、テストでもきちんと点数を取ってたんですかね?
それに社会に出て、~の法則とか~の定理みたいなのを未だにきちんと説明できる人ってどれほどいるんでしょう?
忘れてしまっている人も同じです。
要するに今現在身についてもいないものが、今役に立っているかどうかの判断なんてできないんですよ。
ほとんどの人がちゃんと理解なんかできていないって、すごく失礼なこと言ってると思うんですけどね。
ただ、自分で言うのもアレですけど、僕は結構勉強した方だと思っていて、社会人になった今でも学生時代の勉強は大体身についていると思っています。
その結果、「役に立たない」って思ったことが一度もないのは事実なんです。
役に立つかどうかじゃない、役に立たせるかどうか。
これも言いたいことの一つ。
役に立たないって言ってる人の多くは、単に学校の勉強はやり方を覚えるだけであったり、暗記問題でしかないって捉えていたんじゃないでしょうか?
冒頭でも言った通り、そりゃ学校でやった問題がそっくりそのまま出てくるなんてことはないですよ。
役に立ってるなって感じる場面は
「これってあの時のあの考え方に似てるな」とか
「あの物理法則が応用されてこうなってるんだな」とか
そんな風であることが多い。
そのへんに落ちている石ころは、何も考えなければただの石ころですけど、工夫して使えば武器にも調理器具にもなる。
使う側の問題も多分にあると思うんです。
学校の勉強は特別な人でないと使いこなせないものではないはず。
単純に向き合い方や意識の問題だと思うんですがどうでしょうか?
なぜ勉強だけ役立つか否かとか、やる意味とか求めるの?
これもぜひ問いかけたいことの一つ。
そもそも、基本的に学生時代にやることに人生における意味なんていちいち見出してないと思うんです。
部活動とか、社会に出てから役に立つとか思ってやってないでしょう。
「努力することの大切さやチームワークを学びました」とか言われそうだけど、その程度の学びなら勉強することだって同じようなもんです。
勉強にだけ「意味が意味が」とか「役に立つ立たない」の疑問投げかけるなら、それ以外のことにも同様に疑問を抱かないとおかしいですよね。
そうでないなら、単にその主張は「勉強をしたくない、しなかった言い訳」に過ぎないんだと思うんです。
どうせなら人生の役に立たせたいと思いません?
学校の勉強の在り方や何を教えるのか、何を学ぶのかを見直したり考えたりすることは重要だと思います。
でも自分自身の考え方や歪んだ見方で、役に立つものも役に立たなくしているだけだとしたら、それってすごく損なことだと思うんですよね。
どうせなら少しでも人生の役に立つように、無駄な時間だったと思わないようなものにしたいですよね。
では!