生き方・働き方のヒント

「努力をすれば報われる」は嘘!精神的にも論理的にも不適切!

「努力をすれば報われる」ってよく言いますよね。

人が何かをする時、挫折を乗り越えて前に進むための激励の言葉として。

だけどこの言葉、よくよく考えるとすごく違和感があると思うのです。

それは精神的な意味と、論理的な意味の両方で。

最初に言っておきますが、別に努力をすることを否定しているわけではないです。

ただ、「努力をすれば報われる」じゃなくて、ちょこっとだけ別の表現を使う方が適切だと思うのです。

解説します。

努力をしても報われないことがある事実

一番の違和感はこれですね。

事実問題として、報われないことってあると思うんですよ。

例えば、プロ野球選手を目指していたとして、毎日毎日練習に励んでいたとする。

でも、どうしたって努力だけでは超えられない、その人の肉体能力の限界ってありますよね。

でも、「努力をしたら報われる」が正しいのなら、プロに行けなかったらその人は単に努力不足だったの結論になってしまう。ちょっと乱暴ですよね。

運が悪くて報われない場合もある。

試合直前にケガをしてしまった。

良い指導者に恵まれなかった。

時に「努力をすれば報われる」はこういう逆境すらも跳ね除けられる魔法の言葉として使われているような気がしますが、いくらなんでもそれは言い過ぎです。

報われなかった場合に精神的にも悪影響

「努力をすれば報われる」は精神的にも不適切だと思うことがあります。

努力が報われれば良いのですが、報われなかったとき、一体その人は何を思うのでしょうか?

努力の先にきっと明るい未来があると信じて耐え忍び、それでも報われなかった。

きっと

「オレはこんなに努力したのに報われなかった。あの言葉はなんだったんだ・・・」

と落胆すると思いませんか?

「努力をすれば報われる」には言い方は悪いですけど、将来必ずリターンが返ってくる、だからがんばれるという、ただのぶら下げられた人参でしかない側面があるのです。

だから、その人参が手に入らなかったら落胆するのは当然ですが、神様がいつそんなことを保証したのでしょう?

勝手にそう思い込んで奮い立たせていただけでしょう?

厳しいですがこれが現実です。

報われる人は努力をしていると思う

一方で、報われる人は努力をしている人、これは的を射ているような気がします。

もちろん、単に運が良いだけでたまたま成功しているように見える人もいるかもしれませんが、それは一時的な成功に過ぎないと思います。

継続的に、安定した成功を収めている人は誰しもそれ相応の努力をしている。

ちょっと屁理屈を言うと、「報われる」と言う言葉は努力の結果の話をしているのですから、報われる人がその前に努力をしているのは当たり前ですよね。

何もしていなくて、たまたま成功しちゃった人を「報われた」なんて表現しませんから。

だから「報われる人は努力をしている」は論理的に正しい言葉だと言えます。

「努力する」と「報われる」の逆、裏、対偶の関係

ここでちょっと視点を変えます。

みなさんは数学の逆、裏、対偶の関係を覚えているでしょうか?

高校1年生で習うものなので誰しもが習っているはずですが、この考え方は社会に出ても非常に役に立つと思います。

実は先ほどの「努力する」と「報われる」の関係を図示すると、下図のように表現できます。

報われる人は努力しているを表すと

「報われる」⇒(ならば)「努力している」となり

これは正だと言いましたね。

ではこれの逆ってなんでしょう?逆は

「努力している」⇒(ならば)「報われる」

となりますが、これが良く聞かれる「努力をすれば報われる」になります。

ここで思い出してください。

ある命題が真の時、その逆も同じく真なんでしょうか?

答えはNOです。

逆が真であるかどうかは保証されないんですね。

だから「努力をすれば報われる」って言うのは、論理的な意味でも何の保証もないことだと言えるのです。

「努力する」と「報われる」の対偶の関係に注目しよう

ではここで、対偶を考えてみたらどうでしょう。

対偶というのは、ある命題の逆の裏のことですね。

覚えていない人も多いかと思いますが、下図のとおりです。

注目したいのは対偶の性質ですね。

ある命題が真の時、その対偶も必ず真になるのです。

だからここでの真の命題に対する対偶は、

「努力をしない」⇒(ならば)「報われない」

となり、「努力をしない人は決して報われることはない」と結論付けることができるのです。

「努力をしなければ報われない」が適切な言葉

このように考えると、誰かに努力の大切さを解く時、また自分自身に努力することを言い聞かせる時、

「努力をすれば報われる」ではなく、「努力をしなければ報われない」と言うべきだと思うのです。

「現実は努力をしたって報われるとは限らない厳しい世界。だけど努力をしなければ得らえるもの何もない。」

どうでしょう?努力の大切さを説く上では最初の表現と変わりないように思えますし、より克己的な表現を感じますよね。

こう思っていれば、たとえ努力が報われない結果になったとしても落胆することなく、実践した努力ときちんと向き合えるように思えませんか?

論理的にも精神的にもこちらの方が現実を見据えて前向きになれる言葉だと、僕は思います。

以上!

 

 

 

 

 

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