こんにちは。ころすけです。
「航空事故」や「重大インシデント」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?
おそらく、どちらもニュースなどで何となく耳にしたことがあるのではないかと思います。
しかし、どの程度であれば航空事故なのか?重大インシデントって何?と疑問に思う方がほとんどなのではないでしょうか。
これらの言葉は雰囲気だけで適当に使い分けられているわけではありません。
きちんと航空法上の定義があって、その基準に従っていずれに該当するのか、都度判断がなされているのです。
航空業界における、事故やインシデントに関する定義と判断基準について解説したいと思います。
航空事故とは
航空機とは固定翼を持つ飛行機、ヘリコプター、グライダー、飛行船を総称した名称で、航空事故とはこれらの乗り物について発生する事故を指します。
航空事故は航空法によって明確に定義が定められているのです。
航空事故の定義
航空事故は、航空法第76条にて以下に該当する事態と定められています。
1. 航空機の墜落、衝突または火災
2. 航空機による人の死傷または物件の損壊
3. 航空機内にある者の死亡(ただし自然死、自己または他人の加害行為に起因する死亡、乗務員や旅客が通常立ち入らない区域に隠れていた者の死亡を除く)
4. 他の航空機との接触
5. 航行中の航空機が損傷を受けた事態(ただし発動機、発動機覆い、発動機補機、プロペラ、翼端、アンテナ、タイヤ、ブレーキまたはフェアリングのみの損傷の場合と、整備区分が大修理に該当しない場合を除く)
3について例外が設定されているのは、例えば機内での自殺や殺人行為など、航空機運航そのものが原因でない人の死亡を除外するためです。
乗務員や旅客が通常立ち入らない区域とは、例えば密入国者が与圧されていない車輪格納室に忍び込んで酸欠で死亡する場合などが考えられ、こちらも航空機運航そのものが原因ではないので除外されています。
ざっと見て押さえておきたいのは、航空事故とは搭乗者への身体的なダメージや、航空機への構造的なダメージに至った事態だということです。
つまり、単に機体が異常姿勢になっただけであったり、旅客が怖い思いをしただけでは事故にはならないのです。
5で定義されている機体の損傷についても、胴体や翼など主たる構造に損傷がある場合に限られています。
これは例えば、着陸後のブレーキでタイヤがパンクしたりバーストしたりしただけでは航空事故にならないほか、仮にエンジンが損傷して停止した場合でも、それだけで航空事故とはならないことを意味しているのです。
大修理というのは、簡単に言えば主要構造部材の強度に影響を与えるような複雑な修理作業のことで、大修理が除外される=胴体や翼へのわずかなクラックや軽微な損傷は除外されるということです。
以上のことからも、航空事故と認定されるケースはかなり限定されており、一方で起こった場合には致命的な結果である事態と言うことができます。
実際に航空事故と認定された例
ここからは、実際に航空事故と認定された事例について見ていきたいと思います。
航空事故が発生すると、必ず運輸安全員会(JTSB)の調査が行われます。
JTSBの調査報告は一般に公開されているので、事故の概要について確認が可能です。→運輸安全員会HP
2000年4月から2020年4月までの20年間のうち、旅客機で航空事故と認定された件数はおよそ50件ほどありました。
このうち、実に半数を占めるのが「飛行中の機体動揺による乗客・乗務員の負傷」です。
いわゆる乱気流に巻き込まれた際、シートベルトを着用していなかったがために重傷に至ったケースになります。
航空事故は機体構造に及ぶ損傷、搭乗者の負傷が基準になりますが、通常は滅多なことでこのような事態に陥ることはありません。
その中でも、飛行中の乱気流(タービュランス)によって乗客・乗員が負傷するケースは、事故の中でも典型例と言えることが件数の割合から分かるのです。
機体の動揺以外で負傷者が発生した事例ですと、例えば2016年2月に新千歳空港で発生したJALのB737-800のエンジン不具合があります。
この事例では機体に損傷はなかったものの、脱出時に搭乗客が重傷(骨折)を負ったとして航空事故に認定されています。
機体の損傷に至ったケースでは、やはり多くが着陸時に発生しています。
中でも2015年に広島空港で発生したアシアナ航空の事故は、ニュースでも大きく報じられました。
この事故では機体が通常よりも低い降下角で滑走路に進入したため、滑走路周辺に設置された航空用無線施設に機体が接触し、滑走路を逸脱して大破しています。
また少し特殊な例としては、鳥衝突(バードストライク)によって航空事故と認定された事例もあります。
2012年1月に沖縄県の石垣島で、海上保安庁のDHC-8-Q300型機がバードストライクに遭遇しました。
バードストライク自体は旅客機においても度々発生するものですが、この事故では衝突によって機体前部が大きく損傷したために、航空事故として認定されたのです。
重大インシデントとは
航空事故と似たようなイメージに受け取られがちですが、重大インシデントという言葉もニュースなどで度々耳にするのではないでしょうか。
ここからは重大インシデントについて解説します。
重大インシデントの定義
重大インシデントとは、航空法では「航空事故が発生するおそれがあると認められる事態」となっており、具体的には以下の事態が該当します。
1. 閉鎖中の滑走路、他の航空機が使用中の滑走路、管制官から指示と異なる滑走路、誘導路からの離陸または中止
2. 1に該当する滑走路・誘導路または道路その他の航空機が通常着陸することが想定されない場所への着陸またはその試み
3. 着陸時において発動機(エンジン)覆い、翼端その他航空機の脚以外の部分が地表面に接触した事態
4. オーバーラン、アンダーシュートおよび滑走路からの逸脱(航空機が自ら自走できなくなった場合に限る)
6. 飛行中において地表面または水面への衝突または接触を回避するため航空機乗組員が緊急操作を行った事態
7. 発動機の破損(破片が当該発動機のケースを貫通した場合に限る。)
8. 飛行中における発動機(多発機の場合は2つ以上)の継続的な停止または出力もしくは推力の損失
9. 航空機のプロペラ、回転翼、脚、方向舵、昇降舵、補助翼またはフラップが損傷し、当該航空機の航行が継続できなくなった事態
10. 航空機に装備された1または2以上のシステムにおける航空機の航行の安全に障害となる複数の故障
11. 航空機内における火災または煙の発生および発動機防火区域内における火災の発生
12. 航空機内の気圧の異常な低下
13. 緊急の措置を講ずる必要が生じた燃料の欠乏
14. 気流の擾乱その他の異常な気象状態との遭遇、航空機に装備された装置の故障または対気速度限界、制限荷重倍数限界もしくは運用高度限界を超えた飛行により航空機の操縦に障害が発生した場合
15. 航空機乗組員が負傷または疾病により運航中に正常に業務を行うことができなかった事態
16. 物件を機体の外に装着し、つり下げ、または曳航している航空機から当該物件が意図せず落下し、または緊急の操作として投下された事態
17. 航空機から脱落した部品が人と衝突した事態
18. 1~17の事態に準ずる事態
以上の18の事態に該当するのですが、かなり多岐にわたり、しかも分かりづらいかと思います。
ですが先ほどの航空事故の定義を踏まえて考えると、機体の主要構造の損壊または搭乗者の死傷に至らないまでも一歩間違えばそうなりえた事態、と言い換えれば少し取っつき易いのではないでしょうか。
実際に重大インシデントと認定された例
先ほどの航空事故と同じように、重大インシデントも発生すると運輸安全委員会(JTSB)が調査を行うことになっています。
2000年4月から2020年4月までの20年間で、旅客機クラスで発生した重大インシデントはおよそ90件です。
ただし先ほどの定義からも分かるとおり、重大インシデントと認定される事態は多岐にわたるので、実際に認定された例も当然多岐にわたります。
その中で比較的分かりやすい例ですと、空調装置の故障などにより機内の与圧が急低下した場合が挙げられます。
この場合、機内では自動的に酸素マスクが天井から落ちてくるわけですが、そのような状態に至った場合は重大インシデントとして認定されるのです。
直近では2015年7月にフジドリームエアラインズのERJ175、同じく2015年6月に日本トランスオーシャン航空のB737-400が、いずれも機内に圧縮空気を供給するシステムの不具合により機内の急減圧・緊急降下を行い、重大インシデントと認定されています。
また、滑走路のオーバランも分かりやすい例かと思われます。
離陸滑走を途中で中断した場合や着陸後の減速を行った際に、止まり切れずに滑走路を逸脱する事態を指します。
旅客機のオーバーランの事例はANAウイングス DHC-8-Q400(2017年1月・新千歳空港)、大韓航空 B737-900(2013年8月・新潟空港)、ANA B737-800(2012年12月・庄内空港)、日本エアシステム A300-600R(2003年2月・青森空港)、エアージャパン B767-300(2003年1月・成田空港)が報告されています。
オーバーランの主な要因は、雪が降り積もった滑走路でのブレーキ力の低下が典型的ですが、パイロットの操作・判断ミスにより発生した事例もあります。
オーバーランはかなり危険な事態のように思えますが、機体の大きな損傷や搭乗者の負傷がない限り、航空事故にはならないのです。
もちろん、万一オーバーランに伴う急停止などで、搭乗者が骨折などの重傷を負った場合には航空事故として認定されます。
同じように見た目ではかなり危険な事態に見えるけれども航空事故に至らない事例として、エンジンの破損や故障、これに伴うエンジンの停止が挙げられます。
直近では2020年12月にJALのB777-200が離陸後まもなくしてエンジンに異常を確認、エンジン1基のみで出発地の那覇空港に引き返す事態となりました。
このケースではエンジン最前方のファンブレードが欠損し、ファンカウルと呼ばれるエンジンの覆いも欠落する形となりました。
しかし胴体に若干の損傷があったものの構造に影響が出る大修理には当たらず、かつ搭乗者の負傷もなかったので、これは航空事故には該当しません。
一方で重大インシデントに該当する事例 7. 発動機の破損(破片が当該発動機のケースを貫通した場合に限る。)に合致する事例なので、定義により重大インシデントとして調査が進められています。
航空事故・重大インシデントは航空局への報告が必要。詳しくはJTSBや航空局のHPで。
航空事故または重大インシデントと判断される事態が起こった場合、機長はその旨を国土交通大臣(実務的には航空局の担当窓口)に報告しなければならないことになっています。
これは飛行機やヘリコプターなど航空機の種類や、自家用飛行か事業用飛行かに関わらず同様です。(航空法第76条 報告の義務)
また航空運送事業者(エアライン)は、会社として航空事故や重大インシデントを航空局に報告しなければなりません。(航空法第111条の4 安全上の支障を及ぼす事態の報告)
なのでエアラインの機長は、社内での報告を介して会社が代表して航空局に報告を行っています。
さらにエアラインの場合は、航空事故・重大インシデント以外に、運航中の機体不具合について以下の事態が発生した場合も航空局への報告が求められています。
・機体不具合により緊急通報をして着陸した場合
・機体不具合により目的地以外の空港へ着陸した場合
・機体不具合により出発空港に引き返した場合
・機体不具合により離陸を途中で中止した場合
・機体不具合により着陸後、滑走路上または滑走路周辺に停止した場合
・機体不具合によりランプアウト後に引き返した場合
例えばコックピット内でシステムの異常を示す警告が表示された場合などで、大事を取って出発地の空港に引き返す場合などが該当します。
これらはイレギュラー運航と呼ばれていて、重大インシデントのように直ちに安全に影響を及ぼすような事態ではありませんが、報告の義務があるのです。
航空事故と重大インシデントについては、先ほど紹介したとおり運輸安全員会(JTSB)のホームページに調査報告がまとめられています。
またイレギュラー運航の事例についても、航空局のホームページに発生状況がまとめられていますので、興味がある方は覗いてみると良いかもしれません。
おわりに
いかがでしたか?
飛行機を始めとした航空機の事故やトラブルは、ほとんどの場合テレビやネットニュースなどで報道されるかと思います。
その際に使われる「事故」や「インシデント」という言葉は何となく使われているのではなく、きちんとした航空法の定義に基づいて使われているのです。
また、重大インシデントは事故ではないので軽く見られているのではないか?という誤解がありますが、そんなことはありません。
今回紹介したように航空事故・重大インシデントはどちらも運輸安全委員会(JTSB)の調査対象になり、原因の追究や再発防止の徹底がなされるのです。
またイレギュラー運航のように、事故や重大インシデントに至らずとも安全に関わる事例についても報告がなされ、状況のモニターが行われているのです。
興味があればぜひ、JTSBや航空局のHPにアクセスして、これらの情報を閲覧してみてはいかがでしょうか。
以上!